薬剤師として働いていれば、調剤過誤の可能性は常にあります。
失敗しない人間は存在しませんので、調剤過誤は誰でも起こしうることなのです。
もし調剤過誤を起こしてしまい、それが原因で患者の健康を害してしまった場合、どのような対処をすべきかご存知でしょうか?
薬局ではなく、薬剤師個人が訴えられている時代だからこそ、法的な知識も身につけておく必要があります。
今回は、薬剤師が負うべき法的な責任についてお話ししていきます。
あや
きよみ
あや
モンブラン
医療に関わる訴訟が1日2件以上のペースで起こっている
医事関係訴訟事件統計表(平成20〜28年) | |
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年 | 新受 |
2008年 | 876件 |
2009年 | 732件 |
2010年 | 790件 |
2011年 | 768件 |
2012年 | 786件 |
2013年 | 800件 |
2014年 | 862件 |
2015年 | 826件 |
2016年 | 878件 |
医療訴訟は常に日本のどこかで発生しているといっても過言ではありません。
実際の訴訟事件にまでならず、示談で済んでいる案件も含めれば、その数は限りなく増えていくでしょう。
現在の訴訟の内容は、ほとんどが病院に対するものではありますが、薬剤師という存在が認知され、社会的責任の重要性も理解され始めている今後は、薬局や薬剤師に対する訴訟も増加していくことが予想されます。
調剤過誤による死亡事故の事例
調剤過誤が直接の原因で死亡事件となった場合には、調剤・監査に携わった薬剤師に責任が追及されることになります。
薬剤師が当然するべき業務を怠った場合には、民事責任だけではなく刑事責任まで問われる事態となるのです。
実際に薬剤師の過失によって死亡事故にまで発展してしまった事例を確認していきましょう。
薬剤師に民事責任(損害賠償請求)が認められた判決
病院内で、患者に常用量の5倍のベナンバックスを投与してしまい患者が死亡した事件。
その遺族が病院の開設者・上級医・投与指示した医師・調剤を行った薬剤師と監査を行った2名の薬剤師に損害賠償請求を行った。
裁判所は疑義照会義務を怠ったとして薬剤師3名に対しても連帯して約2300万円の損害金の支払いを命じた。
引用:判例タイムズ1344号90頁
病院における訴訟事例として薬剤師にも責任が問われ、損害金の支払いが発生した案件です。
薬剤師は疑義がある状態での調剤は認められていません。この病院での調剤システムがどのようになっていたかは分かりませんが、ただ指示されたとおりに調剤するのであれば薬剤師の存在意義とはなんなのでしょうか。
おそらく監査と言われている行為も実際の監査とは程遠い、ただ指示書の数字と実際の数字を合わせるだけの作業だったのでしょう。
ここでもし、医師へ疑義照会をしていたのだとしたら、状況は変わっていたかもしれません。
5倍量を投薬する必要性まで確認できる関係を構築できていれば、防げたかもしれない事件だと言えるでしょう。
管理薬剤師に刑事責任(刑罰)が確定した判決
薬局内で、ウブレチド錠とマグミット錠の自動分包機の設定を同じコードにしてしまっていたため、マグミット錠が処方された患者にウブレチド錠が調剤される状態に。
1ヶ月後、ウブレチド錠を充填した際に、錠剤の少なさからミスに気づいたが、すでに患者20数人に誤投薬されていた。しかし、管理薬剤師は、患者への連絡・薬剤の回収・事故報告を怠り結果、患者1名が死亡。
管理薬剤師は、業務上過失致死罪で禁錮1年執行猶予3年の刑に処された。
引用:さいたま地方裁判所判決
調剤過誤が発生した後の対応に問題があり、薬剤師の責任となりました。
マグミット錠の用法から考えれば、一日当たり3錠~6錠のウブレチド錠を服用する計算となり、毒薬であるウブレチド錠の致死量に至ってしまうことになります。
1ヶ月間に渡って複数の患者に誤投薬されていたという事実を目の当たりにした時、確かに頭は真っ白になり、思考もままならないかもしれません。
ですが、この時すぐに行動を起こしていれば、死亡事故までにはならなかったかもしれないのです。
この事件を起こした薬剤師は「社長にバレて怒られたくなかった」と証言していたという記録もあります。
薬剤師倫理から考えても、非常に悪質な事件だったと言えるでしょう。
きよみ
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患者と任意で示談ができない場合は民事訴訟へ
調剤過誤を起こしてしまった場合、健康被害が発生したのか、患者は薬局の対応に納得したのかが、重要な点となります。
例えば健康被害もなく、薬局側が謝罪し、患者もそれに納得したのであれば、訴訟事件とはなりません。いわゆる示談となるわけです。
ですが、患者が納得できずにあくまでも争う姿勢を持っていれば、舞台は法廷へと移ります。
訴訟には民事と刑事がありますが、通常の調剤過誤の問題であるのなら、民事訴訟として行われます。
民事訴訟の流れ
被害の重大性・過失の悪質性が顕著な場合は刑事訴訟へ
すべての訴訟が民事訴訟で済むのかといえば、そうではありません。
被害が大多数の人に及んでしまった場合や死亡してしまった場合、過失が明らかであるのに何の対応もせずに放置した場合など、事件性のある案件の場合には刑事訴訟となります。
これは単に賠償をどうするかといった問題の次元ではなく、法律に照らして刑事罰を与えるか否かの判断をされることになるのです。
勘違いしてはいけないのは、刑事訴訟で立件されたからといって民事の損害賠償責任が消滅するわけではないということです。
刑事責任を負い、民事責任はそれとは別に負っていくこととなります。
これに行政処分も加われば、さらに一定期間の営業停止や薬剤師資格の剥奪などが命じられることもあります。
刑事事件の流れ
薬局開設者と管理薬剤師の責任の所在
調剤過誤を起こした薬剤師に責任はあるのは当然のことですが、その薬剤師を雇用していた薬局開設者や現場を管理している管理薬剤師にも責任は及びます。
これは民法によって定められている責任であり、調剤過誤の当事者以外でも薬局開設者・管理薬剤師に損害賠償責任が発生するのです。
債務不履行責任と使用者責任
債務不履行は契約違反とも言い換えられ、本来行うべき業務を行わないことを指しています。
債務不履行を起こした人に対して賠償金責任が発生し、薬剤師による債務不履行では「薬剤師として当然行うべき注意を怠っていた」や「疑義照会が必要であることが明らかな処方箋をそのまま調剤した」などが当てはまります。
本人への賠償責任とは別に、実地に現場を管理していた人物や雇用主にも使用者責任というものが発生し、賠償金支払いの責任が生じます。
一般的には個人に対して訴訟を起こすよりも、より支払い能力の高い雇用主や法人に対して賠償金請求の訴訟を起こす場合が多くなっています。
ただし、使用者側に損害賠償金の支払いが発生した場合では、使用者は損害賠償金の一部を実際に調剤過誤を起こした薬剤師に対して請求することができる特例があり、完全に責任から免れることは難しいといえるでしょう。
ピッキングした薬剤師と監査した薬剤師いずれも連帯責務(損害賠償責任)
調剤者と監査者、どちらの責任が重いのかと議論されることがありますが、法的にはどちらも同列の責任を負っていると考えます。
薬剤師のこういった連帯責任を不真性連帯責任といい、自分自身の仕事に関して債務責任を負っているだけであり、お互いの仕事まで責任を負うものではないと考えます。
分かりやすく言えば、調剤した薬剤師は調剤した責任を取り、監査した薬剤師は監査した責任を取りなさい、という意味です。
民法上では、双方の薬剤師に損害金の全額が請求される可能性があります。
あや
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きよみ
損害賠償請求をされた場合の薬剤師の保険制度
日本でも損害賠償請求が一般的になっていることを受け、損害賠償責任が発生した場合に対応できるように、多くの薬局で全従業員が対象となる損害賠償保険に加入するようになりました。
ただし、全ての企業でそういった体制を整えているわけではありません。
施設単位で損害賠償保険を契約している場合、その対象となるのは開設者と管理薬剤師に対する補償のみという場合もあります。
万が一に備えて、自分が勤めている会社の保険体制はどうなっているのか、補償内容も含めて確認しておくことをオススメします。
薬剤師損害賠償保険とは?
薬剤師損害賠償保険といえば、薬剤師会が提供しているものがすぐに思い浮かびますよね。
この制度は薬局契約と薬剤師契約の二つが用意されており、薬局契約は薬局開設者や薬局管理者に対して補償を行っているもので、薬剤師契約は個人の補償を行っているものです。
薬局契約であった場合、従業員の薬剤師が調剤過誤を起こして、その個人に賠償請求が発生したとしても補償の対象にはなりません。そういった事態に対策するためには、薬剤師契約をしていることが必要になるのです。
では、自分を守るための保険は、薬剤師会が提供している薬剤師損害賠償保険に薬剤師契約をするしかないのでしょうか。
実は、東京海上日動や損保ジャパン日本興亜などの企業でも薬剤師損害賠償保険を提供しているんです。
薬剤師会が提供しているものよりも安価に加入ることができるため、損害保険への加入を検討しているのなら、候補に入れてみてはいかがでしょうか。
法的な知識があれば、患者の不当な要求にも対応できる
調剤ミスをしてしまったものの服薬には至らなかったなど、早期解決ができたことで患者に健康被害が出なかった場合には、法的な責任は発生しません。
ですが、その調剤ミスをやり玉にあげられ、患者から不当な要求をされることがあります。
そんな状況でも、法的な知識を持っていれば、臆することなく対応できるようになるのです。
法律知識といえば面倒に感じてしまうかもしれませんが、自分を守るためにも最低限度は身につけておくようにしましょう。
患者の不当な要求
- 誠意をみせてほしい
- 次回割引をしてほしい
- 保健所に連絡する
- 警察に通報する
- 訴える
誤投薬だとしても患者に健康損害がなければ民事責任(損害賠償)は負いません。
しかし、誤投薬してしまったことによる落ち度があるため、法的には何ら問題がないにもかかわらず金銭を支払ってしまうケースもあります。
本来であれば、訴えられようとも通報されようとも、まったく問題はないのです。
むしろ民事責任を負わない者に対して金銭を要求することは、脅迫罪などの刑事罰の対象となりますし、薬局内で長時間居座っての抗議などは、威力業務妨害などで訴えることも可能です。
過度なクレームに対しては、冷静に法律を基にした対応をしていきましょう。
あや
きよみ
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まとめ:薬剤師には重い法的な責任がある!万が一に備えた準備をしておこう!
人の生命を扱う職業である薬剤師は、何らかのミスがあった場合には相応の責任が発生します。
人間である以上、どれだけ対策をしていてもミスは避けられないものです。
しかも、いざとなった時に会社が守ってくれる保証はありません。
自分のことは自分で守るつもりで、万が一のためにも何らかの対策を練っておきましょう。